東京高等裁判所 昭和54年(う)1766号 判決
弁護人らの控訴趣意は、要するに、被告人正木には各被害者を欺罔して財物を騙取しようとするなどの意思がなかつたのであり、また、被告人石脇は、当時勤務していた株式会社ジーエス商会(以下「ジーエス商会」という。)及び大明通商株式会社(以下「大明通商」という。)の従業員として、被告人正木らの指示に従つて行動したまでであつて、各被害者から財物を騙取しようとする意思を有しておらず、結局、本件につき被告人両名は無罪であるのに、これをすべて有罪と認めた原判決には事実の誤認があるというのである。
そこで、検討してみるに、関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、
一 被告人正木は、昭和五〇年八月ころ、株式会社東京丸八綜合卸商事(以下「丸八商事」という。)に入社した後、暴力団山口組系三木組幹部池上正二郎から二〇〇〇万円を月一割の利息で借り受け、これを丸八商事の営業資金に提供し、事実上の社長として丸八商事の経営に当つていたところ、翌五一年一月ころに至り、被告人石脇の経営していたナシヨナル物産が倒産したため、同商店に対する売掛金約一〇〇〇万円を回収することができなくなつた関係もあつて、営業が一段と苦しくなり、同年二月ころには負債総額が約四五〇〇万円にも達した。一方、被告人石脇も右池上から約一〇〇〇万円を借り受け、そのうち六〇〇万円を返済したのみであり、その残額に丸八商事に対する前記買掛金等を含め約一五〇〇万円の負債を抱えて、その支払いに苦慮していた。そのようなことから、被告人両名は、商取引き名下に商品を取り込んで、これを売却処分し、その代金をもつて右債務の支払いに当てるほかない旨話し合つたりした。
二 そうした折、被告人正木は、昭和五一年二月恐喝未遂の容疑で新潟中央警察署に、被告人石脇は、同年三月暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の容疑で三条警察署に逮捕され、いずれも身柄拘束のまま起訴されたので、先きに話し合つた商品の取込みを実行に移すことができなかつた。そのうえ、被告人らが逮捕されたことについて、当時の新聞やラジオで報道されたため、被告人らの信用が失墜したので、丸八商事の名で従前どおり営業を継続することは著しく困難になつた。
三 そこで、被告人正木は、保釈出所後、被告人石脇らが昭和五一年二月、日用品雑貨の販売、家庭用電気機器の販売等を目的として設立した資本金五〇〇万円のジーエス商会に、そのころ丸八商事が抱えていた約四五〇〇万円の負債を承継させて、日用品雑貨等の販売を続けることとした。そして、前記池上からさらに営業資金二〇〇〇万円を月一割の利息で借り受ける一方、被告人石脇をジーエス商会の営業部長に迎え入れて同年四月から営業を開始したが、その実権は被告人正木が握つていた。
四 被告人正木がジーエス商会に関係するようになつた当時、従業員の給料、家賃その他の諸経費に池上から借り受けた四〇〇〇万円の利息四〇〇万円を含めると、ジーエス商会が一か月間に支払いを要する経費は約一二〇〇万円にもなつた。しかし、これをジーエス商会の収益だけで支払うことは容易でなく、しかも池上からはどんなことがあつても必ず返済するように強く言い渡されていたが、被告人正木にはその支払能力がなく、被告人石脇とて同様であつた。そのような状況にあつたため、被告人正木は、商取引名下に商品を取り込み、これを仕入価格の五割程度の価格で廉売し、その代金をもつてジーエス商会の諸経費に当てようと考え、その旨を被告人石脇に相談したところ、同被告人もこれを了承した。
五 そこで、まず、被告人両名は、右のような意図であることを秘し、従業員に対し、特に仕入商品を限定せず、事務所に設置してある二〇数台の電話器を利用して、電話帳や業界紙から探し出した仕入先に電話をかけ、金物類、雑貨類、食料品、衣類等仕入れられるものは何でも仕入れるように命じ、さらに仕入先の相手先から仕入れた商品の販売先を問われた場合には、その事実がないのに、全国の農協やスーパーに売り捌いている旨説明するように指示しておいた。そして、その際、仕入れた商品を直ちに廉売する意図であるのに、その事実を秘したことはもとより、代金の支払いにも三か月ないし四か月先の約束手形を交付するなどした。しかも、被告人両名は、右のような方法で営業を続けた場合には、やがて仕入代金の決済に行き詰つていずれは倒産すること、右のような行為が取込詐欺に該当することなど十分承知しておりながら、仕入額の多い従業員には報奨金を支給するなどして督励し、昭和五一年四月から同年一一月までの間、武藤漆器店ほか二九社から合計約二億五六五五万円相当の商品を取り込み、これを仕入価格の五割程度(平均)の価格で廉売した。そのため、ジーエス商会は、同年一一月巨額の負債を抱えて倒産した。
六 ジーエス商会が倒産したため、被告人正木は、その債権者から厳しい取立請求のあることを虞れた余り、これを免れるため、ジーエス商会の債務を他に転嫁しようと考えた。そこで、被告人正木は、被告人石脇らと相談のうえ、ジーエス商会が倒産して間もない昭和五一年一二月一〇日ころ、右の事実を秘し、大明通商を経営していた加藤勝秀に対し、ジーエス商会の債務を引継いで欲しい旨申し入れたところ、右加藤は、大明通商がジーエス商会に対して約五九〇〇万円の売掛金債権を有していたので、これを回収するためには被告人らの右申入れに応じた方が得策であると判断し、右申入れを承諾した。そして、被告人石脇は営業部長に就任し、被告人正木は、大明通商の前橋支社長に就任したが、大明通商の実権は同被告人が握つていた。
七 以上のような経過で、大明通商は、ジーエス商会の全債務を承継して営業を開始したが、その営業は、食料品の卸販売を目的としていた従前の営業形態とは全く異なり、被告人らがジーエス商会当時に採用した方法と同様であつて、手当り次第に仕入れた商品をその仕入価格の四割ないし七割程度の価格で廉売するというものであり、それは全て被告人らの指示に基づくものであつた。さらに、被告人正木は、大明通商の前橋支社に赴き、その従業員に対し、直接指示するなどして商品を仕入れさせて、これを東京の本社に送らせ、本社で仕入れた商品と一緒に廉売した。このようにして、被告人正木は、合計一億三二六万円余の商品を取り込んだほか、前橋のスーパーの設備工事を請負わせた業者を欺罔して九〇〇万円余の損害を与え、また、被告人石脇も被告人正木らとともに、合計九五七二万円余の商品を取り込んだ。
八 そのうちに、被告人両名は、逮捕状が発せられていることを察知したので、昭和五二年二月八日ころ、大明通商から姿を消し、横浜、川崎、京都方面を転々としながら逃走したけれども、同年三月初めころ逮捕された。その間、被告人らは、大明通商に何度も電話をかけ仕入れや販売状況等を問い合わせるとともに、その従業員に対し、会社を倒産させないように、これまで通り営業を続けることを指示した。さらに、被告人らは、本件各所為が取込詐欺に該当するので、逮捕されて起訴された場合には、有罪の判決が言い渡されることを慮つていたばかりでなく、各人の刑期まで憶測していた。
右のように、被告人らの行つた営業活動なるものは、法人格のある会社組織を巧みに利用し、一〇か月間に亘り、反覆継続して多数の商品を取り込み、これを廉売していたものであつて、このような営業を継続すれば債務が累積する一方であることは極めて明白であるのに、被告人らがその解消に努力した形跡はいささかも認められず、かえつて、会社が倒産するや、被害者らからの取立請求を免れるため、他の会社に多額の債務を承継させて同種の行為を繰り返すなど、最初から適正な利潤の追求を度外視していたものであるから、被告人らの行つた本件所為は到底通常の商取引ということはできない。このような本件犯行の動機、目的及びその態様、特に商品の仕入れ方法並びにその処分の状況など会社経営の実態、犯行後の被告人らの行動等に徴すると、被告人らは、代金支払いの意思も能力もないのに、そのことを秘して、各犯行を敢行し、多数の商品を騙取するなどしたものと認めるのが相当である。